私が鍼灸師メインにしてる理由

8月25日に母が亡くなって12年目、無事に13回忌を家族・親戚揃って終えることができました。

 
高校3年生の頃に母が乳がんがになり、ステージⅢA期
最初は腋窩のリンパ節転移のみで、抗がん剤→手術で通院はしながも体調も良くなっていくと思っていました。
 
次に転移が見つかったのが私が柔整の3年、21歳の頃
その時には骨・肺転移もみられ、「余命3年」
私は学校で母の診断には同席していませんでしたが、父のあの時の顔は今でも頭か離れないですね。
今は元気です^ ^
 
腋窩のリンパ節の手術の影響で、腕が上がらない・痛い・浮腫、服薬も効果なし
その時に、色々調べて、「鍼灸効果がある可能性」をみつけ鍼灸学科の学科長にお願いし、専門学校に併設してある鍼灸整骨院で治療してもらいました。
鍼灸治療を終えると、あんなに痛み・浮腫が強く動かせない手が動く様になり体を楽になったと、「本当に!?」と思うほど元気なったのが衝撃で鍼灸は奥深いと思い、そのまま鍼灸学科に入学。(私が鍼灸資格も取得しようと思ったきっかけです)
 
話は戻り、余命が出て家族で話し合い余命は言わないと決めました。
最初の2年くらいは本当に、このまま治るとめちゃくちゃ元気!!
しかし、若い人の癌の進行は早いですね。外見は元気でも体の中ではガンが徐々に進行。
残り1年から階段を転げ落ちる様に、倦怠感が強く徐々に動けなくなり、肺に水と血が溜まり、骨盤に転移していたので腰痛も強く出てきました。
 
この頃になると、緩和ケア病棟へ(たまたま空いた部屋が桜島も一望でき良い部屋で良かったです!)
余談ですが、この緩和ケア病棟でも、パンフレットに鍼灸治療を訪問でしていて驚きました!
 
徐々に悪化していく中でも、酸素を吸入しながら1泊は無理でしたが数回、日帰りで自宅にも帰ってこれたから良かったです^ ^
酸素をコロコロ押しながら、外食にもいけました^ ^
 
日に日に動くけなくなる中、やっぱり自分の体調って分かるんだなぁと思ったのが、余命は伝えませんが、私も亡くなってから看護師さんに聞いたのですが、「父さんは私の症状知ってるの?」って聞いてたみたいですね。
 
 
余命3年と数ヶ月過ぎに亡くなったのですが、学校終わり夕方には会話しにいき最後の最後見取りまで出来て良かったです。
ずーっと学校で鍼灸学科3年生の後期前に亡くなったので、親孝行がほとんど出来ていないのが、やはり「あのとき、、、」っていうのは正直凄くありますね。
 
ただ母の看病をしていくなかで、色々な場面に遭遇し、鍼灸柔整師としての今の自分がいるので、母のことがなければ、美容鍼もしていないですね。
 
 
12年本当に早いですね。
家族みんな変わらず元気です!
9月の命日が近くなると「会いたいなぁ」とは毎年思います。
夢でもいいから出て欲しいですね。笑 1度もない!!笑
 
おかげ様でみんな元気にしています。
これからも見守っていてください^ ^
 
現在は2人に1人が癌と言われる時代です。
私も健康診断は毎年行きます。
乳がん・子宮頸がん、その他の疾病もいつ症状が出現するか誰にも分かりません。
私の母は検診にはずっと行っていなく発見された時にはステージⅢAでした。
医療技術は常に進歩しています。
毎年の検診・定期検診は無理に受けろとは言えませんが、忘れない様に受けてくださいね!

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